For a Denuclearised Middle East - JAPANESE

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中東地域の危機を乗り越えるために

【IPSコラム=池田大作】

今、イランの核開発問題をめぐって、中東地域で緊張が高まっている。その状況を前に私の胸に迫ってくるのは、核時代の下で世界が直面する課題について「ゴルディウスの結び目は剣で一刀両断に断ち切られる代わりに辛抱強く指でほどかれなければならない」との警鐘を鳴らした歴史家トインビー博士の言葉である。

緊張が武力紛争に転化することへの懸念も叫ばれる中、関係国を含めて政治指導者が、今こそ「自制する勇気」をもって、事態打開に向けて互いに歩み寄ることを強く望むものである。

軍事力などのハードパワーを行使して、根本的に解決できる問題など何もない。一時的に脅威を抑えつけることができたとしても、それ以上に大きな憎しみや怒りを生み出す禍根を残すだけだ。

緊張が高まると、相手を強い調子で威嚇したり、激しい非難の応酬が行われることは、残念ながら国際政治の常となってきた。

今から50年ほど前の「ベルリン危機」の際、ウィーンでケネディ大統領との会談に臨んだソ連のフルシチョフ首相が、「米国が戦争を望むならば、それは勝手だ。ソ連は受けて立つよりない。戦争の惨禍は同じように受けよう」と言い放ったことが思い出される。

しかし忘れてはならないのは、ひとたび戦争が起これば、一番苦しめられるのは無数の市井の庶民であるという現実だ。20世紀の戦争の時代を生きた世代は皆、同じような体験を共有している。私も戦争で兄を失い、家を焼かれた。空襲の中、幼い弟の手を引いて逃げ惑った記憶は、今も鮮烈である。まして、大量破壊兵器を用いるような事態に発展した場合には、取り返しのつかない甚大な被害をもたらしかねない。その非人道性の最たる兵器こそ、核兵器である。

1961年の「ベルリン危機」でも、その翌年に起こった「キューバ危機」でも、すんでのところで米ソ首脳は踏みとどまった。それはなぜか。一触即発の厳しい対峙が続く中で、両首脳が、その行き着く先にあるものを垣間見たからであろう。

翻って現在、イランの核開発施設への攻撃があれば、どれだけ混乱が広がってしまうのか――。攻撃が報復を生むことは確実であろうし 、それが政治的に大きな変動が起きている中東地域にどのような事態を引き起こすかは、予測困難であろう。

国際政治の次元では、不信が新たな脅威を呼ぶ負のスパイラル(連鎖)が続いているが、一方で、中東地域の一般市民のレベルでは「核兵器のない地域」の実現を望む声が少なくないことを、断じて見過ごしてはならないだろう。その一例として、昨年12月にブルッキングス研究所が発表した世論調査によると、イスラエル人の中では二対一の割合で、イランとイスラエルを含めた中東を非核地帯にする合意を支持する、という結果がでている。

こうした人々の率直な思いを現実の形にするために、本年開催が予定されている「中東の非大量破壊兵器地帯化」に関する国際会議を何としても成功させなければならない。両国と中東地域全体にとっても、それこそが、共通の安全保障の新たなステージを切り開く選択肢だ。現在、ホスト役を務めるフィンランドが懸命の努力を重ねているが、被爆国の日本も、対話のための環境づくりの旗振り役となるべきだ。

先の二つの危機を乗り越えたケネディ大統領は、「希望は歴史の慎重さによって鍛えられなければならない」との言葉を残した。

この言葉通り、「核兵器のない世界」への希望も、それを求める人々が様々な試練と危機を忍耐強く乗り越える中で着実に育まれてきた。非核地帯条約の先駆けとなった中南米のトラテロルコ条約も、キューバ危機をきっかけに構想が一気に進展したものだったのである。

“時間の無駄だよ。こんな条約は合意できるわけがない”との声もささやかれる中で、粘り強い交渉を重ねた人々の努力によってトラテロルコ条約は成立をみた。現在では、33カ国全てのラテンアメリカ及びカリブ諸国と五つの核兵器国全てが参加するに至っている。

今、中東地域の危機を乗り越えるために、国際社会に求められているのは、まさにこの「対話をあきらめない精神」と「不可能を可能に変える信念」ではなかろうか。厳しい現実の中で、それがどれだけ険しい隘路だったとしても、「希望」は営々たる平和的努力を通じてしか育まれないことを忘れてはなるまい。 (04.04.2012) IPS Japan

池田大作氏は日本の仏教哲学者・平和活動家で、創価学会インタナショナル(SGI)会長である。

 

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